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多発性硬化症

山村隆先生(国立精神・神経センター)・婦人公論より

手足のしびれ、視覚障害など症状は多岐にわたる

 多発性硬化症と聞いても、どんな病気か見当がつかないという人も多いかも
しれません。
 本来、ウイルスや細菌から生体を防御する役目を持つ免疫系が、何らかの原因により
自己の脳・脊髄の神経系を攻撃してしまう、自己免疫疾患の一つと考えられています。
神経線維を覆って保護し、神経伝達に重要な役割を果たしている絶縁体(ミエリン)
が障害され、情報がうまく伝わらなくなってしまう為、様々な神経症状が表れる病気です。

 多発性とは「空間的多発」と「時間的多発」の両方を意味します。
症状の安定している時期(寛解期)に、脳や脊髄などの中枢神経を調べると、あちこちに
瘢痕病変(炎症の治った痕跡)が見られます。そして、新しく炎症病変ができると、以前の
症状や、或いは別の症状が表れたりします。約半数のケースでは、そうした再発と寛解を
繰り返しながら進行していくのです。
 病巣ができる場所によって、症状が異なり、例えば大脳お中枢神経がダメージを
受けると物忘れや歩行障害、視神経では視力低下など、脳幹部では会話の障害や
目まい、脊髄では筋肉のこわばりや痛みを伴うしびれなどが表れます。

 また、症状の重さも人により差があり、ごく軽いものから、重度の機能障害を起こすもの
まで様々だといいます。
 「いずれもこの病気特有の症状ではない為、最初は表れた症状に応じて、整形外科、
脳外科、心療内科、眼科などを受診することが多いです。
診断されるまでに2、3年経ってしまうこともよくある」と多発性硬化症の研究で著名な
国立精神・神経センター神経研究所免疫研究部の山村隆部長は話します。
 視力低下など、目に症状が表れた場合には、眼科で多発性硬化症が原因と気づく
ことが多いといいますが、それ以外でよくあるのが次のようなケースです。
 右手がしびれて整形外科を受診し、異常が見つからなかった為、牽引療法を受けた
ところ、一ヶ月程で症状がよくなった様に感じ、問題の本質がみつからないまま時間が
経過してしまうのです。
 又、うつ状態になり心療内科を受診して、抗うつ剤を処方されることもよくあると
いいます。
脳腫瘍と間違えられ、実際に開頭手術まで受けてしまったケースさえあるそうです。
 「病気の数は山程あって、全てに精通する事は困難です。医師でも最新の情報を
持っているとは限らない」といいます。
専門医による適切な治療を受ける為には、患者自身が情報収集も必要なのです。

中枢神経の障害部位と症状の関係

患者数は年々増加、男性よりも女性に多い

多発性硬化症は、厚生労働省が特定疾患に指定した難病の一つで、治療にかかる
医療費は公費でまかなわれます。
全国で1万人を超える患者が認定を受けていますが、実際にはまだ診断を受けていない
潜在的な患者が数多くいるのではないかと山村部長は指摘します。
 「30年以上前には、日本には存在しないとすらいわれた病気ですが、年々大変な勢い
で増え続けています。現在、まだ診断を受けていない人も含めると、1万5000人くらいは
いるにではないかと思う」といいます。
 患者の男女比は、1対3と女性の比率が高くなっています。
20~40代で発症することが多いのですが、最近では5、6歳の小児での発症も報告されて
いるといいます。
 なぜ、この病気が起こるのか原因ははっきりしていませんが、人種別では白人に多く、
特に緯度の高い地域に住む人がかかりやすい事がわかっています。
衛生状態がよくなったために発生してきた病気だともいわれています。

神経系の構造と機能

診断、治療は神経内科で・MRI検査が決めて

 難病に指定されているというと、とても大変な病気のように感じられるかもしれません
が、多発性硬化症を取り巻く状況は大きく改善されてきていると山村部長は説明します。
 「かっては不治の病といわれ、20~30年前には、この病気で亡くなる人も少なく
ありませんでした。また、多くの患者が発病して10年で杖を使わないと歩けなくなり、
15年から20年で車椅子生活になるともいわれていましたが、治療法が進歩して、
早期に治療すれば、ごく普通に日常生活を送ることができるケースが増えている」
のです。
 ただし、後遺症を残さない為には、再発した時は早い段階で適切な治療を受け、
さらに、薬剤による再発の予防にも積極的に取り組むことが不可欠
だといいます。
多発性硬化症の診断及び治療は神経内科で行います。
手足のしびれやめまい、抑うつ気分、目のかすみ等の症状が表れた場合には、
中枢神経に何らかの問題がある可能性を考えて、神経内科を受診する必要があります。
 従来は、誰の目にも明らかな臨床的再発がないと、確定診断ができなかったのです
が、現在ではMRI検査で新しい病変が確認できれば、症状に特に変化がなくても、
診断を確定できるようになっています。
 2001年に発表されたMcdonaldの診断基準によれば、「初発の神経症状があり、
MRI画像で他の部位に病巣が確認できれば多発性硬化症と診断することができる」と
なっており、最近では、MRI検査を繰り返し行うことで診断されるケースが増えて
きています。
 「中には診断が非常に難しく、入院してさらに詳しい検査を行わねばならないことも
あるが、脳と脊髄のMRI検査を行えば、9割はわかる」のだそうです。

ステロイドパルス療法による早期治療が重要

 急性期、つまり多発性硬化症の症状が再発し、確定診断がついた段階で行う治療は、
ステロイドパルス療法です。
症状が発生しているときは、中枢神経内で炎症が起きているため、炎症を軽くして、
できるだけ瘢痕が残らないよう治療します。初発の場合でも再発に準じた治療を
行います。
 「今起きている炎症を抑える事はできても、一度瘢痕化してしまったものを元に戻す
事はできません。後遺症が残らないよう、早い段階できちんと治療する事が大切」
だそうです。
 ステロイドパルス療法では、副腎皮質ステロイド剤の点滴注射を3~5日間程行い、
その後数日間様子を見ます。
これをクールとして、1~2クール行うことが多いのですが、最大で3クールまで
行うこともあります。
 その後、飲み薬の副腎皮質ステロイド剤に切り替え、少しずつ量を減らしながら
2~3週間続けます。
 ごく軽症の場合には、最初から飲み薬で治療することもあるそうです。
ステロイドパルス療法を入院して行うかどうかは、病気の重症度や医療機関によっても
異なります。欧米では外来で行うのが一般的だそうです。
 副腎皮質ステロイド剤には、免疫を抑制する作用があるので、治療中は細菌や
ウイルスに感染しやすくなります。
風などの感染症にかからないよう、外出先から帰ったら、うがいと手洗いを忘れずにする
などの注意が必要です。
 なお、ステロイド療法では効果がない場合には、血漿交換など別の治療法を
行います。

自己注射による再発予防で後遺症を最小限に抑える

 これらの治療によって症状が治まっても、そのまま放置すると、再発する可能性が
高いといいます。
 「例えば、年に1回の頻度で再発すると、10年では10回になります。
再発のたびに、きちんと抑えられればいいのですが、繰り返すごとに後遺症が残る
可能性が高くなっていきます。ですから、できるだけ再発の回数は減らすように
しなければならない」とのこと。
 再発予防の為に有効とされているのが、ベタフェロン(インターフェロンβ-Ib)の
自己注射
です。2日に1回、自分自身で皮下注射を行うものですが、補助器具を
使えば、ほとんど痛みもなくできるそうです。
 「副作用として、注射をしたところが赤く腫れたり、発熱、頭痛などのインフルエンザ様
症状が出たりすることがありますが、使用量を徐々に増やすなど、医師の指示に従って
行えば副作用はほとんど起こりません。現在、患者の4人に1人は再発予防のために
この治療を行っています。海外ではもっと普及が進んでいて、患者の5割以上がこの
自己注射を行っている」といいます。

日常生活の中のセルフケアと周囲の理解が大切

 こういった治療以外にも、痺れや痛み、便秘、排尿障害などに対する対症療法や
リハビリテーションも行われています。さらに、医師による治療の他に、日常生活の中での
セルフケアが非常に重要だといいます。
 ごく一般的な配慮ですが、規則正しい生活、バランスのとれた食生活を心がけることが
大切です。冬に風邪をひいて症状が悪化する人がとても多いので、外出時にはマスクを
して、帰ってきたら、うがいと手洗いをきちんとする等、予防を心がけてほしい」のだそう
です。
 また、体調の悪いときには、誰でもものの考え方が悲観的になりがちですが、ストレスも
症状悪化の要因になるため、精神的なケアも欠かせません。
 「出口の見えない難病にかかってしまい、将来自分はどうなるのか、仕事はどうなるの
か、出産はできるのかなど、ありとあらゆる悩みが出てくるはずです。そこで、うつ状態に
なると、さらに症状が悪化してしまい悪循環に陥ります。どうしても精神的に辛い時には、
抗うつ剤や睡眠薬を使うなど、心の健康を維持する事が大切」なのです。
 そのためには、周囲の理解とサポートも重要なポイントになります。
パートナーとの関係が良好で、病気のこともよく理解してサポートしてくれるような温かい
家庭環境にいる人は、症状も安定しているそうです。
「毎年3回は再発して入院していたような人が、結婚した途端再発しなくなるというのは
よくあるケース」とのこと。
 そして、難病だからといって、何もかもあきらめる必要はないと山村部長は強調します。
比較的若い世代で発症し、女性に多いとなると、妊娠、出産への影響も気になります。
厚生労働省疾病対策課がまとめた平成17年度版「難病対策提要」では、
「多発性硬化症の再発を促進する因子」として「妊娠」があげられており、「回避する
よう患者の指導につとめる」とせれています。実際に妊娠を避けるよう医師から指導
されるケースもあるようです。
 しかし、「それは古い情報です。むしろ、統計的に妊娠中には再発が減る事が
分かっています。妊娠初期は避けますが、妊娠4ヶ月以降ならステロイド剤を服用して
もらうこともあります。経験を積んだ病院で、神経内科と産科が連携してサポートすれば
、妊娠・出産も不可能ではない」と山村部長。
 また、患者の7~8割は仕事をして、ごく普通の生活を送っているのだそうです。
「もちろん、3日も徹夜を続けるなど、極端に無理をすることは禁物です。
急に体温が上がると症状が一時的に悪化するため、温泉やサウナに長時間入っては
いけませんし、極端な日焼けは再発を招くので、海岸で皮膚が剥けるほど日焼けを
するのは避けなければなりません。しかし、無理をせず、悪い事が重ならないよう
自分で気をつけていれば、ほとんど問題はない」といいます。
 このように、多発性硬化症は、精神的な状態と、セルフコントロールがかなり影響を
与える病気であるといえます。
たとえ難病といえども悲観的にならずに、前向きに治療を行い、再発予防を心がけ、
充実した生活を送ることが大切なのです。

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