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若年性認知症

婦人公論2005.5/22より
高橋正彦先生(都立老人医療センター精神科)

決して稀な病気ではない若年性認知症

 認知症(痴呆)といえば、高齢者の病気。まさか40代、50代の若さで認知症に
なるとは、想像もしていない人がほとんどではないでしょうか。
 ところが、私たちが思っているほど若年性認知症は、稀な病気ではないようです。
都立老人医療センター精神科の高橋正彦先生によると
「認知症は、一定のレベルまで高まった能力が低下してくる病気」だといいます。
若年性認知症とは、一般には脳の発達が終わった「20歳以降、65歳以下の発症」を
指し、発症のピークは50代だそうです。

 若年性認知症の原因はさまざまですが、原因不明で脳が萎縮していく
アルツハイマー病とピック病、小さな脳梗塞が脳のあちこちに多発する
多発性脳梗塞が3大原因。

「この3つの病気で若年性認知症全体の90パーセントを占めている」といいます。
実態調査はなかなか難しいのですが、若年性認知症の家族会「彩星ホシの会」に
所属する患者さんの場合は、アルツハイマー病が3分の2で、ピック病が3分の1ぐらい
だそうです。
「これは実数に比例しているというより、認知症の中でもそれだけこれらの病気の
介護が大変という意味でもあると思います」と高橋先生は語っています。

 若年性認知症全体は、「日本では、数万人と考えられている」とのこと。
ただし、全ての患者が把握されているわけではなく、診断がついていないケースも
かなりあると見られています。
数万人というのは、認知症が重度になり、明らかに若年性認知症と診断がついた
患者で、実数は10万人に及ぶと指摘する専門家もいます。
ちなみに、都立老人医療センターでは、うち10パーセントが若年性認知症ですから、
決して稀な病気とはいえません。

 「実際には、最近様子がおかしいと思っても、家族や本人はもちろん、医師でさえ40代、50代の人が認知症とは考えてもいないことが多いのです。
そのため、認知症の専門ではない病院で、うつや気のせいなどと診断されて、
進行して初めて認知症とわかることが少なくありません」と高橋先生は語っています。
しかし、治療の効果や患者さんとその家族のその後の生活を考えると、
出来るだけ早期に専門機関を受診することが大切、と高橋先生は指摘しています。

若年性認知症の原因となる疾患

●脳血管障害

脳出血、脳梗塞など

● 変性疾患

アルツハイマー、ピック病
大脳皮質基底核変性症、進行性核上麻痺
ハンチントン舞踏病など

●中枢神経感染症

脳炎、AIDS脳症など

●その他

正常圧水頭症、脳腫瘍、頭部外傷、
アルコール依存症など

初期症状が現れたら早めに専門病院へ

 では、若年性認知症の初期にはどのような症状が現れるのでしょうか。
アルツハイマー病の場合、新しいことが覚えられない、物忘れが多くなるといった
記憶障害と同時に、「実行機能障害」が起こるといいます。
簡単にいえば、段取りを追って物事を遂行することが難しくなるのです。
例えば、料理を作るにしても、普通は、メニュー決めたら、冷蔵庫になにが
あるかによって、不足した物を買い足そうと考えます。
どこの店に行けば必要な食材が安いかを考える事もあるでしょう。その上で、
手順に従って料理をするわけで、一つの行為を遂行するためには、案外複雑な過程を
考え、いくつもの行為を組み合わせて実行しなければならないのです。

 ところが、アルツハイマー病の患者さんは、一つの行為、例えば買い物をして釣り銭を
受け取るという行為だけならばできても、順序立てて物事を考え、
行動することができなくなります。

 その結果、同じものを度々購入してきたり、同じ料理を繰り返し作ったりということが
起こります・また、仕事をしている人ならば、職場においてもミスが増えてきますが、
この段階では、「周囲は、疲れているのではと考えたり、病院ではうつと
診断されることも多い」といいます。

 さらに、意欲や自発性も低下してきます。例えば、妻の月命日には必ず墓参をしていた
人が突然ピタリと行かなくなったり、趣味が豊富だった人が全く何もしなくなるといった
変化が起こります。これも、うつと間違えられやすい症状です。また、性格も変化して、
急に怒りっぽくなったり、物事に無頓着になって服装や化粧に構わなくなることも
多いといいます。

 ピック病の場合は、より精神症状が強く、問題行動を起こしやすいうえ、なかなか診断が
難しいため、アルツハイマー病や統合失調症などと誤診されることもあるそうです。

 ここで、家族にぜひ注意して欲しいと高橋先生が語るのは、会社など職場での
変化です。「どの時点で発症に気づくかは、その人の生活環境によるところが大きい」と
高橋先生。例えば、複雑な能力を必要とされる仕事であれば、少しの能力の低下でも
ただちにミスや失敗につながり、表面に現れてきます。それらのミスから、職場の同僚が
異常に気づくケースも多いといいます。ところが、家庭でのんびりしている姿を
見ているだけの家族は、そうした変化に気づかなかったり、変化を認めにくいことが
あるのです。
 「ある日突然会社をクビになり、家族はリストラだと思っていた。ところが、自宅で家族と
接する時間が長くなって初めて異常に気づき、会社でミスが多くなった事が原因で
クビになったのだとわかることも少なくない」のだそうです。
 従って、「会社でおかしいということを聞いたりしたら、早めに専門病院の受診を
勧めてほしい」と高橋先生はアドバイスします。

早期発見のポイント

もの忘れ

・同じ事を繰り返す
・大事なことを忘れていた

家事能力が落ちる

・料理の味付けがまずくなった
・同じ料理ばかり作る
・部屋が汚くなった

意欲、自発性の低下

・今まで熱心にやっていた趣味などをしなくなった
・一日中ぼーっと過ごしている
・風呂に入りたがらなくなった

性格の変化

・最近些細なことで怒るようになった
・もともとおとなしい性格だったのに、
暴力を振るうようになった

早期から診断・治療が可能症状改善には周囲の理解も必要

 多発性脳梗塞は、動脈硬化などをベースに脳に小さな梗塞が多発する事がわかって
いますが、アルツハイマー病とピック病の原因は充分に解明されていません。

 高齢者の場合は老化と密接な関係があるろいわれ、若年の場合には老化が早まるの
ではないかとも言われていますが、詳しい事はわかっていません。ただ、結果として、
脳に神経原線維変化といって糸くずが寄り集まったようなものができること、老人斑と
いうシミのようなものができ、脳が萎縮しているという点は、若年者でも高齢者でも
同じだそうです。

 しかし、診断は早期から可能です。記憶など知能を測定する検査や心理テスト等を
行い、「以前と比較してどの程度能力が落ちているか、或いはその年齢の平均と比較して
どうか」といった事を見れば、だいたい認知症かどうかがわかります。

 さらに、CTやMRI(磁気共鳴画像診断装置)など画像診断で、脳の萎縮をみたり、
SPECTという画像診断装置を使って
、脳の血流量から機能をみる検査もあります。
「ピック病の場合は、前頭葉と側頭葉、アルツハイマー病の場合は頭頂葉の血流が
低下している」といい、つまり、その領域の脳の働きが低下していると考えられるのです。

 では、現在どのような治療が可能なのでしょうか。
薬物では、塩酸ドネペジルがアルツハイマー病の治療に認められた日本で唯一の
薬です。
アルツハイマー病では、アセチルコリンという脳の情報伝達に働く化学物質を分泌する
神経細胞が著しく減少し、その結果、アセチルコリンが減少することがわかっています。
そこで、アセチルコリンを分解する酵素の働きを阻害し、結果としてアセチルコリンの量を
増やすのが塩酸ドネペジルです。

 これによって、「記憶障害や実行機能障害、時や場所がわからない(失見当識)
など、アルツハイマー病の中核症状を改善する
」事ができます。
ただし、「症状の進行を遅らせることは可能でも、神経細胞は徐々に減少していくので、
いずれ症状は進んでいく」そうで、つまり、病気の進行を止める事はできないのです。

 しかし、塩酸ドネペジルはいわば症状の底上げに働きます。
「効いていないからと薬を止めると、ガクンと能力が低下することもあります。
休薬してしまうと、一旦下がった能力を前のレベルに戻すのは困難。効果がある限り
飲み続ける事が大切です」と高橋先生は語っています。
また、徘徊や妄想などの周辺症状は、ある程度薬でコントロールする事ができます。

 さらに、症状の改善には家族をはじめ周囲の対応も大切です。
若年性認知症の初期には、怒りっぽくなったり、時には粗暴な行為をすることも。
「理論だてて考えられないので、ちょっとしたことで混乱するのもその原因のひとつ」と
高橋先生はいいます。
この時、周囲が「さっき言ったばかりでしょう」、「そんな事もわからないの」といった
本人のプライドを傷つけるような対応をすると、感情が爆発してしまいます。
「本人のプライドを傷つけないような言い方をすれば、それで怒りっぽさも改善する事が
多い」のだそうです。

精神的サポートが不可欠。残された時間を充実させて

 このように、症状の進行を遅らせたり、改善することは可能でも、治療によって
アルツハイマー病の進行を止める事はできないのが現状です。
「半年で能力が低下していく人から、数年間同じようなレベルを維持する人まで個人差が
大きいのですが、一般に高齢者より若年者のほうが進行が早い傾向にある」といいます。

 にもかかわらず、早期治療が大切だと高橋先生が言うのは何故でしょうか。
症状の改善や進行を遅らせるといったことももちろんですが、若年性認知症の場合、
高齢者の認知症とは異なる深刻な問題があります。
「本人や家族に病気を受け入れてもらう事が一番大変です。他にも経済的な問題は
大きいし、もし子供がいれば、父親・母親像の崩壊といった影響も無視できません」と
高橋先生。
夫が認知症になれば、妻は経済的な不安はもちろん、本人の介護、子供の養育、
将来への不安といくつもの負担を抱え込まなければなりません。
そして、アルツハイマー病はいずれ進行し、家族を認識する事も難しくなっていきます。

 若年性の場合、初期には病識、つまり何か自分はおかしくなっているという認識を持ち、
漠然とした不安を抱えている人が多いといいます。
これをサポートしていく為に大切なのが告知です。
病名を知るのは患者の権利でもありますが、それだけではないのです。

 「治る病気ではないため、告知に反対する人もいます。しかし、将来的には自分で
物事を決定できなくなる可能性が大きいので、告知によって、財産の分与や重度に
なったら何処で介護を受けたい等、将来を自分で決め、家族も本人の意思を確認する事
ができます。
また、アルツハイマー病では、財布を取られた等『物とられ妄想』等でトラブルを起こす
事も多いのですが、本人がこれは自分がアルツハイマーだからとわかっていれば、
大きなトラブルにならずにすむのです」と高橋先生は語っています。

 そのためには病名を伝えるだけでなく、精神科的なサポートが必須です。
高橋先生たちは、病気の進行に合わせて何度でも必要な説明を行い、家族も含めて
カウンセリング等のサポートを行っています。
それによって、「人生は限りあるもの。将来を悲観するより、時間を無駄にしないで
今充実した人生を歩んでほしいのです」と高橋先生。

 病気を受け入れる事は諦めとも似ています。
しかし、サポートが」うまくいくと、そこから積極的な生活を送っていく人も
少なくありません。

 例えば、Aさん(59歳)は脱サラして夫婦二人で喫茶店を開店。
一緒に働く妻が夫の変化に気付いて受診し、軽度のアルツハイマー病と診断されました。
最初は、本人は大きな衝撃を受け、妻は「やはり」という反応だったそうです。
しかし、その後Aさんは財産の名義変更を行い、将来は妻の実家のある地方で
暮らす事を決め、思い出作りの為に海外旅行にも出掛けました。
現在、症状は進行していますが、調理法のわからないメニューは妻に聞きながら
喫茶店を続け、穏やかな毎日を送っているそうです。

 早い時期に受診すれば、このように将来に備える事も可能になります。
高橋先生が出来るだけ早く専門機関を受診してほしいというのも、こうした充実した
時間を過ごして欲しいと願うからです。
そのためにも治療を含めた支援が必要なのです。

 残念ながら、まだ日本では高齢者対象のデイサービスはあっても、若年者を対象と
した専門的なデイサービスなど、若年性認知症をサポートするシステムはほとんど
出来ていないのが現状です。
こうした点も含めて、若年性認知症にたいする理解を深める必要があるのでは
ないでしょうか。

(若年性認知症の家族会「彩星の会」03-3403-9050」)

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