統合失調症
宮岡等先生(北里大学医学部精神科教授)
婦人公論 2004.7.22
古い病名にまつわる偏見を払拭患者への告知率もはるかに増加
「統合失調症」という病名を知らない人でも、「精神分裂病」という病名は
知っているはず。統合失調症は、精神分裂病の新しい病名です。
もともと精神分裂病という病名は、「ジゾフレニー」というドイツ語の病名を日本語に
訳したものですが、長い時間の経過とともに、この病名には、不治の病、怖い病気と
いった偏見や差別がしみつき、多くの患者、そしてその家族を苦しめる結果となって
いました。これが、患者の社会復帰を険しくする一因のもなっていたのです。
しかし、この病気は生涯に100人から120人に一人が発症するといわれ、
決して珍しい病気ではないのです。中規模の学校ならば、一学年に少なくとも一人は、
一生の間に統合失調賞を発症する計算です。
最近では薬による治療も進歩し、社会復帰のためのリハビリも整備されてきました。
北里大学医学部精神科の宮岡等教授は、「少しずつではありますが希望が
出てきました。長期経過も良くなっているように思います。」と語っています。
よく心配される犯罪率にしても、実際に統計を見ると、一般人口における犯罪率と
差がないのです。
「きちんと治療をしていれば、犯罪に結びつくとはいえないでしょう」と
宮岡教授も語っています。
こうして2002年夏、日本精神神経学会が、病気そのものの治療法や考え方も
変化してきた背景を受け、また古い病名にまつわる偏見を払拭するため、
「統合失調症」と病名を変更したのです。
その影響は、思った以上に大きかったと宮岡教授は語ります。
「新しい病名が浸透するにはかなり時間がかかると思っていましたが、
想像以上に早く進みました。」病名が変わったことに加え、
新しい治療薬が登場したこともあり、一般でも統合失調症が取り上げられる機会が
増えました。さらに、患者への告知がはるかに増えたといいます。
分裂病といわれていた時代、患者に病名が告げられる率は2割り程度でした。
それほど、分裂病という病名にまつわるイメージは暗く、本人や家族への告知による
衝撃が危惧されたのです。
「ただ、統合失調症と病名が変更されたことで、この病気自体が変わったわけではない
ので、あまり楽観的にとらえ過ぎることも問題です。この病気は、早期に診断し治療を
受けること、そして、薬物療法を継続してきちんと行うことが非常に重要です。
そのことを十分に理解してほしい」と宮岡教授は語っています。
この機会に、統合失調症という病気について、私たちも理解を深めておきたいものです。
急性期に起こる幻聴や妄想は、薬の効きが比較的よい
統合失調症は、思春期から青年期にかけて発症することが多く、
70~80パーセントは、15歳から30代前半の間に発症しています。
青春の真っ只中、或いは仕事や家庭持って人生はこれからというじきに発症する病、
といえるでしょう。
中には、40歳を過ぎてから統合失調症の症状が出る人もいますが、宮岡教授によると
「40代以降に発症する場合は、症状や薬の効き方に違いがあり、社会生活への影響も
若い人より少ないことが多い」そうです。
症状の現れ方やその後の経過は人によって様々ですが、急性期に目立つのは、
幻聴や妄想などです。
幻聴は、人の話し声が聞こえる、自分の考えていることが声になって聞こえる、
といったことです。
そして妄想は、簡単にいえば誤ったことを思い込んで、誰に説得されようと全く訂正が
きかない状態です。
皆が自分の事を悪く言っている、犯罪組織に監視されているなど、被害的な妄想を
抱く事が非常に多いといいます。
このほか、天からのお告げがあった、自分は○○の生まれ変わりである、などといった
誇大妄想を抱く事もあります。
こうした妄想が出る前には、周囲の世界が何となく不気味で、途方もないことが起ころうと
しているといった妄想気分がみられることもあるようで、そうした気分の中から幻聴が起こり、
妄想が生じてくることもあります。
そうなると、会話も話の筋道が脱線したり、つじつまがあわなかったり、理解できない行動を
とるようになり、また、感情的にも不安感と緊張感が強くなっていきます。
宮岡教授によると「幻聴や妄想という症状そのものを、患者本人が大きな苦痛に感じる
こともある」とのこと。
幻聴や妄想は不安や緊張とも深く結びついたもので、本人にとっても、
非常につらいものなのです。
そして統合失調症は、こうした症状があるにもかかわらず、本人には病気であるという
認識が乏しい事が特徴です。
症状を分類するとき、先のような幻聴や妄想は、陽性症状と呼ばれてきました。
これは病気の早期に現れることがおおいとされます。
幸い、陽性症状には薬がよく効きます。
ほとんどは治療によって数週間から数ヶ月で改善し、症状が落ちつく寛解期に入りますが、
症状が落ち着いた後にうつ状態に陥ることがあり、やがて、再発を繰り返したり、病気が
進行して慢性期になると自発性の低下や感情表出が乏しくなるなどの症状が目立って
くることがあります。
これが陰性症状といわれるものです。
自分で何かをしようという意欲に乏しくなり、感情もあまり表れなくなって、話しかけても
すぐには答えが返らないなど、言葉を交わすことも少なくなります。
また、外界に対する関心や注意が低くなって、家に閉じこもることも多くなります。
宮岡教授によると「いわゆる゛引きこもり"ともいえる状態で、ある程度、
進んだ統合失調症である場合が多い」とのこと。
つまり、長期的に日常生活を障害し、社会生活を困難にするのは、陰性症状の影響が
大きいと考えられるのです。
生まれつきの素因と環境によるストレスが原因か
統合失調症の大きな問題が、社会的能力の低下です。
統合失調症と一口にいっても、その経過は様々で、一回の発症で大きな問題もなく
治ってしまう人もいれば、徐々に悪くなっていく人、よくなったり悪くなったりを繰り返す人
など、様々なパターンがあります。
とはいえ、一番多いのは、よくなったり、悪くなったりを繰り返しながら、
少しずつ陰性症状が強くなっていくタイプです。
そして、再発を繰り返したり、慢性化すると、陰性症状とも関連して徐々に社会的な
生活能力も低下していく事が多いのです。
身だしなみを整えたり、仕事や家事をこなす能力、人への気遣いや場にふさわしい態度が
とれないなど、人間関係を維持する能力も衰えていきます。
これが、学業や仕事への復帰に大きな障害となるわけです。
宮岡教授によると、長い間の経過を見ると、統合失調症の人のほぼ4分の1はよくなり、
4分の1の人は家族の支援や入院生活が必要になるといいます。
残りの2分の1程の人はその中間にいるそうです。
病型でいうと、思春期に徐々に発症し、陰性症状が目立つタイプ(破瓜型)は5~6年で
引きこもるようになり、社会生活が難しくなることが多いといわれています。
一方、30歳前半以降で発症し、妄想が強いタイプ(妄想型)は、妄想を持ちながらも
社会生活はできることが多い傾向があるそうです。
しかし、世界保健期間(WHO)の最近の報告によると、従来いわれているほど経過は
悪くないとの事。外来で通院治療を受ける軽症の患者が多くなっているというのです。
ただ、経過がいい場合でも、再発を防ぎ、社会的能力の低下を出来るだけ抑える為に、
治療を継続すること、また、必要に応じてリハビリテーションによって生活能力や注意力、
集中力などを改善していくことが大切になってきます。
残念ながら、統合失調症が何故起こるのか、その原因はまだよく分かっていません。
基本的には、生まれつきの素因、体質に、色々な環境要因が重なって発症すると
考えられています。
そういう意味では、生まれつきの体質に肥満等の環境因子が重なって発症する
糖尿病等と同じ多因子疾患といえるでしょう。
例えば、同じ双子でも一人が統合失調症になった場合、遺伝的に同じ素因を持った
一卵性双生児が約50パーセントの確立で、もう一方も統合失調症になるのに対し、
二卵性双生児の場合は17パーセントという報告もあります。研究者によって
ばらつきの大きい数字が報告されているとはいえ、これを見ても、遺伝的な素因が
関係ないとはいえません。しかし、逆に一卵性双生児でも半分は統合失調症にならない
わけですから、ここに環境などの影響も考えられているのです。
「高校生が、周りの視線が気になって、いつも人に見られているような気がするといって
受診した場合、統合失調症の初期なのか、或いは思春期特有の緊張なのか考えます。
こういう時、環境の変化等を慎重に聞かなければなりません」と宮岡教授は語ります。
ストレスは、発病を促進する因子のひとつと考えられていますが、
「結局、素因とストレス強度のバランスの問題ではないか」と宮岡教授は
考えています。言い換えると、たとえ素因を持っていても、ストレスにうまく対処
できれば発病しないで一生を過ごすことができるかもしれないのです。
早期に治療を受ける事そして治療の継続が何より大切
治療は、幻聴や妄想などが激しい急性期には、抗精神病薬など薬による治療が中心に
なります。統合失調症の場合、この薬が非常に重要なのです。
宮岡教授によると「早い人は、薬を飲んで一週間ぐらいで幻聴や妄想が少なくなってくる」
とのこと。
しかし、これで症状が完全におさまったからといって、油断してはいけません。
統合失調症は、一回の症状だけで治ってしまうこともありますが、再発を繰り返す事が
多い病気です。これを抑える事が大切なので、完全によくなったと思っても、
簡単に薬を減らしたり止めたりすることはできません。
宮岡教授は「幻聴や妄想など陽性症状がおさまれば、しばらく薬を続けたあと、
一度止めてみるという考え方もあります。しかし、これはあくまで受診を続けてもらうことが
前提で、調子が悪くなってきたら、すぐに対応できる事が薬を中止する条件です」と
語っています。
このように、統合失調症では薬を続ける事、治療を続ける事が病気をコントロールする上で
非常に重要です。ただ、ここでひとつの問題となっていたのが、副作用でした。
従来の抗精神病薬は、脳の中で情報の伝達に働く神経伝達物質のひとつ、ドーパミンの
働きをブロックする事で効果をあげるものでした。
幻聴や妄想などに関わる脳の部位でも、ドーパミンが伝達係として働いているらしく、
このルートをブロックする事で、幻聴や妄想が抑えられるからです。
ところが、ドーパミンは脳の他の部位でも働いている為、ドーパミンの働きを抑えると、
様々な副作用が出る事があるのです。
特に目立つのは、手の震えや筋肉のこわばりなど、パーキンソン病と似た症状でした。
薬の服用が長期になると、口をモグモグさせたり、顔をしかめるなど、本人の意思に関係なく
筋肉が動いてしまう症状が出る事もあったのです。
これが、薬の服用を続ける上での障害となっていましたが、数年前からSDAと総称される
新しいタイプの抗精神病薬が登場しました。
これは、ドーパミンと同時にセロトニンという神経伝達物質の働きを抑える薬で、
ドーパミンの働きのみをブロックするより、副作用が少ないといわれています。
「そのおかげで、薬も使いやすくなりました。今では、外来通院の患者さんには、
この新しいタイプの薬が中心になっています」と宮岡教授。
さらに、この薬は、意欲の低下やひきこもりなど陰性症状にも効果があると期待されています。
統合失調症で陰性症状に効く薬ができたら非常に画期的」といわれていたそうですから、
これも大きな出来事です。
ただし、陰性症状にどのくらい効果があるのか、まだはっきりしたデータがあるとは
いえないそうです。
統合失調症による社会生活能力の低下があれば、必要に応じて生活技能訓練や
デイケア等のリハビリ治療も行われます。
「以前は、薬で短期的にはよくなっても、長期的に病気をコントロールする事は
難しいといわれていました。
しかし、薬物療法の進歩で今は長期的な経過も改善しているように思います。
最近、発症した人を外来で診ていると、入院しないといけない人は少なくなっているような
印象があります」と宮岡教授は指摘します。
最近どうも様子がおかしいと思うと、家族がカウンセリングに連れて行くことが多いようですが、
「まず、一度は精神科を受診してほしい」と宮岡教授は強調しています。
薬で治すべき時期を逸してしまうと、治り方にも大きな差が出てくるからです。
このように統合失調症は、薬でかなりコントロールできるようになっています。
しかし、一方で社会復帰が可能でありながら、受け入れ場所がないために長期の入院を
余儀なくされている人もいます。
このことも今後の大きな課題なのです。
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